前回の記事の続き。
必要な本はすでに持っている
すでにたくさんの本を所有しているなら、おそらく、「新しく読んだ方がいい本」の数よりも、「再読したほうがいい本」の数の方が多いと思う。
本は、一度読んだだけではその内容をよく理解できたとは言えない。
一回目には、その本の概略がわかるだけ。
二回目で、ようやく著者の言わんとすることを掴めてくる。
三回目以降は、細かなニュアンスまで気を配りながら読書を楽しむことができる。
本を次から次へと買ってしまう人は、好奇心が強いのだと思う。
彼らの目は未来へ向いており、新しいことを探し求める。
あるいは、不安感を抱いている。
今の自分に足りないものを意識しすぎて、それを埋めようとするあまり、形ある知識の「象徴」として本を買いたくなる。
しかし、メーテルリンクの「青い鳥」の話のように、自分にとって本当に大切なものは、すでに手に入れているものなのだと思う。
本当に大切な知識の数は、実際のところ、そんなに多くないように思われる。自分にとって大切な本は、すでに蔵書の中にあるはずだ。
今持っている大切な本の内容を、より深く、より精密に理解する方が、新しい本を買ってざっくり読み流すよりも役立つのではないか。
だから、新しい本、新しい知識を求めたくなったら、まずは「今持っている大切な本」のことを思い出してみよう。
やはり定期点検がおすすめ
大切な本のことを思い出す、といっても、じゃあどうすればいいのか。
答えは「定期点検」だ。
時々でいいので、今持っている本の全てをチェックする。
ざっとタイトルだけ眺めるのではなくて、一冊ずつ手にとって、その本が自分の蔵書の仲間入りをした時のことを思い出してみる。
中身を見たければ、少しだけ読んでもいい。とは言え、そのまま読みふけってしまうと、蔵書全てをチェックし終えることができない。
読み続けたくなった本は別によけておいて、一通り点検を終えてから読む。
このような点検をしていくと、
「なんだ、自分も案外、いい本をたくさん持っているじゃないか……」
「この本の内容は理解したと思っていたが、あまりわかっていなかったな……」
などと気づくことができる。
新しい本を求める必要性を、さほど感じなくなっていくはずだ。
人と付き合うように、本と付き合う
本は、悩みを相談できる友人であり、課題を共に解いてくれる仲間だ。
人間がその思想や精神を込めて書いたものであるのだから、その本は著者の人格の一部が投影されている。
人間そのものではないにせよ、それに近い存在と見ていい。
だから、人と付き合うように、本とも付き合えばいい。
そう考えると、次から次へと新しい本を買っては、一回だけ読んで終わり、そのくせ「あの本は読んだ」と思う、このような本との付き合い方は、どういうことになるだろう。
人間関係で表現すると、こういうことだ。
次から次へと新しい相手と知り合って、一回だけ遊んで終わり、そのくせ「あの人は友達だ」と思う。
なんとも信用のならない相手だ。
本を一個の人格として扱おうとするのは、おかしな態度かもしれない。
本は、ただのモノ、ただの道具だ、と。確かにその見方は大勢を占めている。
しかし、自分でも文章を書く機会が多いからわかるが、基本的にものを書くというのは大変な労力を必要とする。
時間も体力も集中力も、全て注ぎ込んで生まれるのが文章であり、その集大成としての本だ。
そこには、著者の「魂」のようなものが宿っていても不思議ではない。
「ものの中に命を見出す」というのは日本人的な感覚かもしれない。
そう感じられるからこそ、本を人と見立てて付き合うこともできるのだろう。
また話が脱線してしまったが、今回はこれにて。
習い事に行ってきます。

- 作者: ヘルマンヘッセ,フォルカーミヒェルス,Hermann Hesse,Volker Michels,岡田朝雄
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