どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、独学のアウトプット。現在は情報セキュリティの勉強中。

『教養バカ』知識をある程度身に付けた人へのアドバイス本


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こんにちは、燐太郎(@redphos15)です。

 

今回は『教養バカ』という本について書いてみたい。 

教養バカ わかりやすく説明できる人だけが生き残る (SB新書)

教養バカ わかりやすく説明できる人だけが生き残る (SB新書)

 

 

 

サイエンス・ライターの竹内薫さんの著書。

竹内さんは、NHKの番組『サイエンスZERO』に出演しており、新しい科学技術についての解説をしている。

僕は理系の知識には疎いのだが、そんな人間が聞いても「わかった!」と感じやすい説明をしてくれる。

この本は、そんな竹内さんが書いた本であり、かつ、自分が関心を持っている「教養」というテーマを扱っていたので、読んでみようという気になった。

 

  

概要の紹介

重要と思われる部分の要旨を簡単にまとめると、

  • 教養のある人は、豊富な知識を持っているだけでなく、人にわかりやすく伝えることができる(知識だけの人が「教養バカ」と呼ばれる)。
  • 人に知識を伝えるためには、相手の頭の中に「イメージ」を描かせてあげること。「わかった!」というのは、「頭の中で明確にイメージできた」ということ。
  • そのために大切なのは、相手のことを思い浮かべ「どのように説明すれば理解できるだろう?」と考え、適切な言葉を選ぶこと(このような配慮を「他者意識」と言う)。

こんな具合になるだろうか。 

 

本の中には他にも、

  • わかりやすく伝えるための実践的な技術
  • 「教養バカ」の具体例
  • わかりやすく説明するための「語彙力」の高め方

などについて書かれている。

 

教養人になるための本ではあるが、本書で焦点が当てられているのは「何を学ぶか」ではなく「どのように伝えるか」ということだ。

 

 

好きな一節:公共心について

僕が「いいなぁ」と感じたのは、以下の一節だ。

教養の意義の一つは、公共心です。教養を深めていろいろなことを知る。必然的にいくつもの視点や考え方で、社会を見ることになります。それを社会に提言することで、よりよい社会に導くことができるのです。(P.21)

 

竹内さんにとって、教養人とは、ただ豊富に知識を持っている人のことではない。

その知識を社会に役立つように使うこと、すなわち、「提言」できる人のことなのだろう。

知識を一人で抱えているのではなく、社会にシェアして役立てていこう、というスタンスに、強く共感する。

 

 

ただし、この本は勉強が進んだ人が「仕上げ」に使うものだと思う

以下は、個人的な意見。

 

『教養バカ』は、教養人であろうとする人にとって有益な本だ。それは間違いない。

 

しかし、この本を活用できるようになるためには、段階を踏む必要がある。

説明する以前に、まず知識を持っていないと話にならない。

当たり前のことだ。

「わかりやすい説明が大事なんだな、よし、説明の技術を磨こう!」

と決意するのはいいが、肝心の説明する内容が伴っていないのでは、全く意味がない。

 

説明のために知識を求めるという本末転倒

また、「説明」を意識しすぎると、「説明のための知識」ばかり増えてしまうのではないか、とも感じた。

 

よく「アウトプットを前提としたインプット」ということが言われる。

何か新しいことを学ぶとき、人に教えることを前提にすると、より効率的に知識を身に付けられる、という意味だ。

 「アウトプットを前提にする」と意識すること自体は、実際に有効だと思う。

僕がブログを書く目的も、アウトプットを通して学習内容を深く定着させることが狙いの一つである。

 

しかし、アウトプットの意識を強く持ち「すぎる」と、学習の過程で「自分ではうまく説明できそうもないと感じた部分」を、無意識に省略してしまうのではないか、とも思う。

 

「説明しなくてもいい知識」と「覚えなくてもいい知識」は、必ずしもイコールではない。

「10の内容」を説明するために、「100の内容」を知っていなければならないこともある。

時には「1000の内容」を知っている必要があるかもしれない。

あまりにも「アウトプットすることが大事!」と意識しすぎると、10の内容を知った時点で意気揚々と説明を始めてしまう。それでは不十分であるにも関わらず。

そのような状態で行われる説明であっても、工夫次第ではわかりやすくなるのかもしれない。

だが、正確な説明にならない可能性が高い。

 

ちょっと解説が難しい……うまく伝えられている気がしないが、ともかく先へ進む。

  

 

「正確さ」か「わかりやすさ」か?

思うに、「正確さ」と「わかりやすさ」は、どこかで衝突する。

 

僕が好んで使う「〜の可能性が高い」という表現は、「正確さ」の側に立った書き方だ。

「可能性」なんて回りくどい言い方をせず、「〜である!」と言い切った方がわかりやすいし、読む人に対して強い印象を与えられる。

そのことはわかっている。

 

しかし、その割り切りができないことがある。

「正確さ」と「わかりやすさ」なら、僕は70%くらいの確率で「正確さ」を選ぶ。

手軽な「わかりやすさ」だけを求めていると、いつか取り返しのつかないことが起きる……そんな予感がある。

 

この予感に、明確な根拠はない。

ただ、周りの人が嬉々として「わかりやすさ」に飛びついていくのを見ると、漠然と不安になる。

「わかりやすさ」に飛びついた人は、少し時間が経つと、また新しい別の「わかりやすさ」に飛びついている。

その生き方や言動に、一貫性はない。

僕は、そうなりたくない。

むしろ、「正確さ」の道を一歩一歩ゆっくり進みたいと願う。

それが理由といえば理由だ。

 

話が逸れてしまった。

 

 

まとめ

わかりやすく説明することは大切。それは疑いようがない。

しかし、「わかりやすい説明」を支えるための「膨大な知識」が、先に必要だ。

僕がこの本を活用するのは、まだ早い。

 

しかし、「知識」を身に付けた人には、極めて有用な本だと思う。

「自分には知識はあるが、頭でっかちだなぁ」と感じたら、ぜひ読んでみて欲しい。

 

 

今回はこの本を紹介しました。

教養バカ わかりやすく説明できる人だけが生き残る (SB新書)

教養バカ わかりやすく説明できる人だけが生き残る (SB新書)

 

 

これも読んでみたい。 

自分はバカかもしれないと思ったときに読む本 (河出文庫)

自分はバカかもしれないと思ったときに読む本 (河出文庫)