どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、独学のアウトプット。現在は情報セキュリティの勉強中。

「読書カテゴリ」記事の書き方をメモしておく


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(H29.9.24追記あり)

 

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こんにちは、燐太郎(@redphos15)です。

 

読書カテゴリの記事数が10を超えたので、自分用のまとめとして、現時点での同カテゴリの記事執筆スタイルに関してメモしておく。

 

 

 

1.読み終えてすぐには書かない

ある一冊の本の内容を「理解できた」と感じるのは、いつだろう。

読み終わった直後だろうか。

 

僕の場合は、読み終えてから少し時間を置かないと「理解できた」と感じられない。

本に書かれていた内容が、自分の頭や心の中に根を下ろし、定着するまでは、少し時間がかかる。

ある程度、根をおろしたものでなければ、うまく記事を書くこともできない。

だから、読書カテゴリで取り上げている本は、いずれも「既読後しばらく経った本」が前提になっている。

 

ただし例外として、【立読み】や【積ん読】のエントリは、読んですぐに、あるいは読まずに書いている。

 

 

2.蔵書整理をしながら、書きたいことが浮かぶのを待つ

読んだ本の全てについて記事を書いているわけではない。

記事にしているのはほんの一部分。

 

では、書くか/書かないか、どのようにして決めているのか?

 

不定期に実施している「蔵書整理」の時に決めている。

一冊一冊、自分が持っている本を手に取り、パラパラめくってみる。

その時、心の中に何か「書きたい!」という内容が浮かぶかどうか、観察してみる。

何かが浮かんだら、文章にする。

心の中から溢れるものがあれば、すぐに一つの記事が出来上がる。

 

無理やり何か書こうとしても、なかなかひねり出せるものではない。

自然と湧き上がってくる思いは、簡単に言葉にできる。

  

 

 

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3.メインは「自分の思考」にする  

僕が書いているのは「書評」だろうか。

そのような側面もあるが、主眼は違う。

「本と関わることで生じた、自分の思考の変化」に焦点を当てていることが多い。

 

「関わる」とは、熟読に限らない。

たまたま開いた箇所で目にした一節に感銘を受けたり、帯の売り文句について何かを思ってみたり。こんなことも「関わる」に含めたい。

 

そのような書き方をするのであれば、「本の内容全て」についてまとめたり、触れたりする必要もない。 

何百ページもある中の、自分が気に入ったたった一文だけについて書いてもいい。

だから、いくらでも書ける。

「本」を媒介として、自分の頭の中にどんな思考が生まれたか。

これを書いていきたいと思っている。

 

本は仲間であり道具 

僕は、本のことを「自分の思考を助けてくれる仲間であり道具」であると捉えている。

道具なのだから、使用者がいる。自分自身だ。

本の上位には常に「自分の思考」がある。

 

この序列は逆転させない。ある特定の本に、自分の思考を従属させることはしない。

「この本さえ読めば大丈夫」という意識で本を読むことは、基本的にはない、と思う。

 

もちろん、ある本を読む際には、著者の論理を追いながら、その主張を正確に掴まなければいけない。

好き勝手に読み散らかして、自分好みの解釈ばかりしていては、何の学びにもならない。

 

それでも、主体はあくまで自分自身であるべきだ。

著者の主張を正確に理解した上で、自分自身はその主張に対して何を思い、考えたか、ということの方が大切。

このような記事なら、書いていても、読んでいても面白いはずだ。

 

 

4.記事を書くために読むのではない

最後に、重要な注意点を指摘しておきたいが、

僕は「自分自身の学びのために」本を読んでいるのであって、決して「記事を書くために」本を読んでいるわけではない。

ブログを書こうが書くまいが、読む本は変わらない。

ただ、読んだ本の中で、たまたま「記事にできそうだ」と感じた一部分を記事にしているだけ。

「記事にしやすそうだから」という観点で本を選んだり、読んだりはしない。

 

この点についてあらかじめ明記することで、今後の自分へ警鐘を慣らしておきたい。

 

 

追記:カテゴリの細分化とタイトルの微調整(H29.9.24)

 

ツイッターの埋め込みをしてみたかったので、試しに。