どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、独学のアウトプット。現在は情報セキュリティの勉強中。

最近の独学状況など


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集中的なインプット中は、アウトプットに気持ちが向かない燐太郎(@redphos15)です。

とはいえ、これは初めてのことではなく、しばらくすれば自然と筆が進むようになることもわかっています。 

ただ、完全にストップさせてしまうと再開が難しいので、少ない時期でも週2回は投稿できるようにしたいなぁとは思っています。

 

大航海時代=世界史の「起点」論

読書と独学は変わらず続けています。最近の読書での発見を1つ。

 

以前書いたこの記事に関連することですが、

www.redphos.com

 

最近買った山本博文『歴史をつかむ技法』の中に、こんな一節が出てきました。 

歴史をつかむ技法 (新潮新書)

歴史をつかむ技法 (新潮新書)

 

狭い意味での「世界史」そのものは、ヨーロッパの大航海時代を画期として始まると考えられてきました。

(同書、P.97) 

 

僕は、現代の世界の「起点」は大航海時代に置くべきではないか? と思っています。

これは、特に何の本も参考にせずたどり着いた考えでしたが(無意識に影響はされていたと思いますが)、どうやら歴史学の中では「定説」に近かったのかもしれません。

 

実際、書店では、大航海時代に重きを置くこんな本も発見しました。有名な本だったようです。

1493――世界を変えた大陸間の「交換」

1493――世界を変えた大陸間の「交換」

 

分厚かったので手が出ませんでした。いつか読みたいですね。*1

 

 

ウォーラーステインの「世界システム論」

それから、僕の考えは、歴史学の中でいうと「世界システム論」に近そうなので、これを勉強した方が良さそうです。

この理論は「大航海時代のヨーロッパ諸国の活動が、現在の国際分業体制と、それに端を発する『南北問題』を作っている」……というものだそうです。

正確なところは、これから勉強してみないと何とも言えませんが。

 

ウォーラーステイン自身の著書を読むのは苦労しそうだったので、ひとまず、 

世界システム論講義: ヨーロッパと近代世界 (ちくま学芸文庫)

世界システム論講義: ヨーロッパと近代世界 (ちくま学芸文庫)

 

こちらを購入。概略を掴んだ上で、本丸に攻め入りたいと思います。

 

 

今後の独学のプラン

僕は飽きっぽいところがあるので、1つのテーマの勉強を1ヶ月続けたら、他のテーマに移ることにしよう、と思っています。

10月は、歴史に注力してきました。

11月は、情報セキュリティマネジメント試験(=セマネ)の勉強をしようと思っています。

12月は歴史、1月にセマネ、2月は歴史、3月にセマネ……と繰り返して、4月15日のセマネの試験を受ける、という中期計画です。

 

歴史の勉強は、すぐ「目に見える結果」が出るものではありません。*2

教養人でありたいならば、このような「時間のかかる勉強」こそ必須でしょう。しかし、やはりそれだけではモチベーションの維持が難しいかもしれない。

そこで、「目に見える結果」として、資格試験を挟んで行こうかな、と思っています。

今回はセマネですが、次回からは語学になるのかな、と思っています。まだ先の話なので何とも言えませんが。

 

 

その他に最近買った本

空き時間の読書のために、歴史系の本をまとめ買いしてきました。

先ほどの『歴史をつかむ技法』と『世界システム論講義』の他にも、

 

文明の海洋史観 (中公文庫)

文明の海洋史観 (中公文庫)

 
マクニール世界史講義 (ちくま学芸文庫)

マクニール世界史講義 (ちくま学芸文庫)

 
歴史とはなにか (文春新書)

歴史とはなにか (文春新書)

 
新しい世界史へ――地球市民のための構想 (岩波新書)

新しい世界史へ――地球市民のための構想 (岩波新書)

 

 

選定の基準は、

  1. 持ち運びやすいサイズであること(=文庫、新書)
  2. 特定の時代やテーマではなく「歴史そのもの」について書いていること
  3. 正統な大学教育を受けた学者の著書であること

としました。

 

なぜ学者の本を選ぶのか

3について補足します。

最近買った本の中に「独学者が強引に行なったように見える解釈」が展開されたものがありました。

僕は、その本のテーマについて詳しくなかったため、どの点がマズイのか批判することはできませんでした。しかし「何だか違和感がある」とは思いました。

正統な大学教育を受けた人の本であれば、決して出てこないような感覚……うまく表現できません。強いて言えば直感です。

ネットで調べてみたところ、ある界隈では有名な曰く付きの人物だったようでした。その著書の内容にも疑問が呈されており、「知識量は豊富だが、自分勝手な解釈が多い」という評が散見されました。

 

ただ、そのような本を手にしたおかげで、「独学者こそ正統なメソッドに則らなければならない」という意識を持つことができました。

同時に、あるテーマを初めて学ぶときは、まず「正統な大学教育を受けた学者の著書」を読もう、という判断基準を確立できました。

 

「定説」は大切です。

人類が発展してこられたのは、過去の英知を残し、それを批判し、発展させてきたからです。「定説」がなければ批判することもできませんから、発展もありません。

自分の意見を持ちたいと思っていても、まずは「定説」との関係において論じるべきでしょう。そうでなければ、妄想の域を出ないことになります。

自分勝手な解釈をこさえて、その解釈に合うように史料や情報をつなぎ合わせてはいけないのです。

もちろん「仮説思考」は大切です。しかし、それは時に独りよがりにもなります。

この微妙な問題に注意するための「反面教師」として、先述の本も手元に置いておくこととします。

 

 

書き始めると、意外と書けるもので、約3000字の記事になりました。

時間にして、約45分。まあ、こんなものでしょうか。

 

それでは、朝の勉強に向かうとします。

 

*1:それにしても「分厚いから敬遠する」という態度はよくないなぁ、と思います。本格的な研究書は、大抵、分厚いものですから。

*2:実際には、世界史の要点を頭に入れるだけで、すぐに世界の見方は変わります。しかし、それは自分の内面での話。外部の現実世界に影響してくるまでには、10年単位の時間がかかると予想しています。