どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

西部邁『保守思想のための39章』を少しずつ読んでいく


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先日、評論家の西部邁さんが亡くなりました。

川に飛び込んだとのことです。最後の著書となった『保守の真髄』の中で示唆されていたことではありましたが、こんなに早いとは思っておりませんでした。

ご冥福をお祈り申し上げます。

  

 

西部さんの著書は、5年ほど前から気にかかっていました。 

最初に出会ったのはこの本でした。

 

虚無の構造 (中公文庫)

虚無の構造 (中公文庫)

 

 

人生に対してどうしようもない虚しさを抱えていた時期のことでした。書店でふと目にして手に取り、購入したものの、当時の読解力では読みこなすことができず、何度目かの引越しの際に手放してしまいました。

しかしながら、「この本の著者は、他の作家と何か違う感じがする」という印象は強く残っていました。

 

 

それからしばらくして、読書をしている際に、次のような一節を目にすることが何度かありました。

  • 「保守思想とは、人間の理性に対する懐疑を基礎として、理性的な設計によるのではなく、伝統の中に受け継がれてきた知恵によって、社会を運営していこうとするものである」

「人間の理性」や「理性的な設計」というものに何となく懐疑心を抱き続けていた僕は、「これは自分が感じていることを表現してくれている思想なのかもしれない」と思い、保守思想に興味を持ち始めました。

 

 

書店で保守思想に関する書籍を探していたとき、再び西部さんの著書と出会います。

 

保守思想のための39章 (中公文庫)

保守思想のための39章 (中公文庫)

 

ぱらぱらとめくってみたところ、平易な文体で難解なことが書いてあるように見えました。勇んで購入したものの、なかなか手をつけられず、「積ん読」状態の時期が続きました。

 

……「本をたくさん読もう」とがんばるのは、基本的にはいいことなのかもしれません。しかし、量を稼ぐために簡単な本に流れて、本当に読むべき価値のある難しい本を後回しにしてしまうのは、怠惰です。

「速読」についても同様です。速さを追い求めていると、自然と「速く読める本」を好むようになるでしょう。そのような本は、把握の難しい物事や概念については扱っていないでしょう。それらの物事こそ、本当に大切なものであるのに。

「大切なものはシンプルな言葉で表せる」……そんな風に言われることもあります。確かにそうかもしれません。究極の真理は、非常にシンプルな言葉に集約されるのかもしれない。あるいは直感的に、言語を超えたところでそれを「体得」できる人もいるでしょう。

しかし、その真理を自分自身の内面において正確に把握しようとするなら、言い換えれば、「客観的なお題目ではなく、自分自身にとって重大な意味を持つ記述」としてそれを表現しようとするなら、やはり言葉を尽くさずにはいられません。そのような苦労を経由せず、最初からシンプルなフレーズに依り頼むことは、僕はやはり怠惰だと思います。

単に知識を増すための読書であれば、さっさと読み通してしまう「速読」でも事足りるかもしれません。しかし、単なる知識以上の「教養」の構築を目指すならば、「難解な本をじっくり読む」という経験が不可欠です。僕の今後の課題です。

 

だいぶ話が逸れました。

 

また時が経ち、書店で西部さんの新作を見かけました。 去年の12月のことです。

 

保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱 (講談社現代新書)

保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱 (講談社現代新書)

 

 

帯の「最期の書」という部分が妙に気にかかったので、購入し、最優先で読み終えました。内容についてはどうにか三割くらいはわかっただろうか、というレベルの理解度でしたが、「西部さんの言う保守思想をもっと深く学びたい」と明確に意欲する契機となりました。

そして、新聞で訃報を目にし、「西部さんの本をきちんと読もう」と決意しました。生の時間は有限で、大切なことを後回しにはできないのですから。

 

 

今持っている西部さんの本は、『保守思想のための39章』と『保守の真髄』の2冊。両者を見比べたところ、保守思想について概論的に書かれているのは、『真髄』よりもむしろ『39章』の方だろうと判断し、まずはこの本から計画的な読書を始めていくこととします。

青写真を描いておくと、『39章』を手引きとしながら、バーク『フランス革命についての省察』や、トックヴィル『アメリカのデモクラシー』のような古典に進んでいこうと考えています。日本人の保守思想の本として福田恆存『保守とは何か』を挟むかもしれません。

これまで他人や社会に対して感じ抱えてきたもやもやを、保守思想という媒介を通じて、自分なりに言語化できるかどうか。

すでに『39章』の第一読は済ませてあります。今の読解力でどれほど深く読めるかはわかりませんが、これから取り組む第二読目では、ゆっくりと一言ずつ、西部さんの言葉を読み解いていこうと思います。