どくどく記 〜読書と独学の記録〜

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架空戦記「東インド大戦」5:同盟分断工作


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(スマホでは画像が見づらいので横向き推奨)

 

 

 

1.「大英同盟」を分断せよ!

世界情勢は、イギリス・インド・インドネシアによる「大英同盟」と、オランダ・日本・オスマンによる「三国連合」の対立を軸に展開しようとしていた。

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「同盟」の構成国であるイギリスとインドネシアは、日本に対して共同で宣戦布告。

これを受け、「連合」の一角を構成する我がオランダは、敵の「同盟」を破壊するべく「腹案」を実行に移すこととなった。

 

……オランダ外交部より派遣された一団が、秘密裏に、インドネシアの首都・ジャカルタに到着していた。我が秘密外交団は、「大英同盟」の一角であるインドネシアに対し、大胆な交渉を持ちかける。

彼らの同盟国・イギリスに宣戦するよう求めたのだ。

代わりに、オランダがインドネシアに対して資源の提供を行う。成功する確率は高いとは言えなかったが、一縷の望みはあった。

 

イギリスとインドネシアは、元々、それほど仲が良かったわけではない。共に「孤立主義」すなわち「友好国を持たない」という方針の下、国家を運営してきていた。

今回結成された「大英同盟」は、結局のところ、日本に対抗するため一時的に作られた、砂上の楼閣にすぎない。

現在、インドネシアは資源の不足に苦しんでいる。オランダの豊富な資源をちらつかせれば、すぐに「大英同盟」の結束は崩せるものと思われた。

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(© 2007-2017 Take-Two Interactive Software and its subsidiaries「CivilizationⅤ」より)

果たして、インドネシアの宰相ガジャ・マダは、オランダの提案を受諾した。

インドネシアは、同盟国・イギリスに対してい宣戦を布告。日本近海で共同戦線を張っていたイギリス艦隊とインドネシア艦隊が、共同の敵・日本を前にして、互いに攻撃を始めることとなった。

 

 

2.バック・パッシング戦略

一方、オランダ外交部は、友好国・オスマンとの交渉も行なっていた。

要求するのは、インドネシアへの宣戦。こちらが差し出すのは、主に資金援助だ。

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(© 2007-2017 Take-Two Interactive Software and its subsidiaries「CivilizationⅤ」より)

オスマンにインドネシアを攻撃してもらうことで、インドネシアが一方的に勝ちすぎることを防止する。この提案も受諾され、オスマンはインドネシアに宣戦布告した。

 

その後、オスマンはイギリスに対しても宣戦布告。

一方、これまで中立を保ってきたポルトガルは、「大英同盟」と協調して日本に対し非難声明を発表。ポルトガルを取り込む外交戦は「同盟」側に負けてしまった。

しかし、ポルトガルが完全に「同盟」についたわけではない。我がオランダ、そしてオスマンとはいまだに友好関係を保っているからだ。

 

オランダの奸計がきっかけとなって、世界情勢は、以下のように推移していった。

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オランダは、自らの手を汚さずに、インドネシアにはイギリスを攻撃させ、オスマンにはインドネシアを攻撃させることに成功したのだった。「面倒な事は他国にやらせろ」……これは、国際政治における「バック・パッシング」という手法である。*1

 

 

3.フリゲート艦隊、再び

オランダの策略によって対立することとなった、かつての同盟国イギリスとインドネシアとの日本近海における戦いは、インドネシアの勝利で幕を閉じた。

前方の日本陸軍、後方のインドネシア艦隊に包囲・挟撃されたイギリス艦隊は、完全に沈黙。その後インドネシアは、艦隊主力をもって、日本の首都・京都への攻撃を開始した。

 

一方、中立国・ポルトガルは、日本への非難声明を発表した後、同国に対して宣戦布告。日本近海へ向けて艦隊を派遣していた。

ポルトガル艦隊によって後方を守られながら、インドネシア艦隊はついに京都を攻略。日本政府は大阪に逃れることとなった。

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(© 2007-2017 Take-Two Interactive Software and its subsidiaries「CivilizationⅤ」より)

 

「いよいよか……」

オランダ指導部の中では「京都が落ちたら軍事介入する」という方針が決定されていた。

偵察艦の報告では、インドネシアの京都攻撃部隊は、フリゲート艦が3隻に、装甲艦が1隻。他に、2個歩兵師団が日本列島へ上陸している。

なお、日本近海にオスマン艦隊の姿はない。おそらく、彼らはインドネシア本国を攻撃しているものと思われる。「三国連合」の仲間として日本を助けに行けるのは、我がオランダ・フリゲート艦隊だけだった。

 

すでに鉄鋼都市フローニンゲンを出発し、本国エレファン島沖で出撃を待っていたオランダ・フリゲート艦隊に、命令が下った。

「直ちに出撃し、京都及び東京を奪還せよ」

 

命令の下達と同時に、オランダはインドネシアに対して「連合国・日本の都市を解放する」旨を表明し、宣戦布告。エレファン島を出発したフリゲート艦隊は、西方の日本列島へと向かったのだった。

 

迎え撃とうとするインドネシア艦隊だったが、歴戦の中で経験を積んでいた我が艦隊には敵わなかった。オランダ艦隊は、砲弾を撃ち込んでは退き、次の艦と交代してまた砲撃を浴びせる「ヒット・アンド・アウェイ」戦法によって、こちらの損害を最小限に、敵に対しては最大の損害を与えていく。

ほどなくして、東京、京都を解放。その施政権を日本政府へと返還することに成功したのだった。

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(© 2007-2017 Take-Two Interactive Software and its subsidiaries「CivilizationⅤ」より)

その後、オランダはインドネシアと講和を結んだ。

この「蘭尼戦争」*2によって、オランダの日本の強い結束が国際社会に対して示されたのであった。

 

 

 

*1:「バック・パッシング」についてはこちらを参照。

ch.nicovideo.jp

*2:インドネシアを1字で表現すると「尼」という字になる。「印度尼西亜」の尼らしい。