どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

序文:教養を目指す旅へ

 

原点となった一文

ある日、いつものように楽しんで読書をしていると、こんな一文に出会った。

本当の教養は、何らかの目的のためのものではなく、完全なものを目指すすべての努力と同様に、それ自体価値のあるものなのである。

(ヘルマン・ヘッセ『ヘッセの読書術』草思社文庫、P.81)

 

教養の獲得を目指すのは、何か他の目的のためではない。

ただ、それ自体に価値があるから、取り組む。…………

強く同意した。

この一文を受け、僕は、「教養を目指す旅」に出ることに決めた。当時27歳、遅まきながらも、知的探求の道がスタートした。

 

ところで、「なぜ教養に価値があるのか?」と言われると、正直、答えに詰まってしまう。特に理由はないが、昔からそう思っていた、としか言いようがない。

今わかるのは、教養に価値を感じ、それを身に付けたいと願う自分の気持ちくらいだ。ひとまずそれに従おうと思う。

 

旅の大雑把な方針

「教養が身についた状態」とは、一体どのようなものだろう。言葉にしようとすると、案外難しい。過去、様々な「教養の定義」が書かれてきたのも頷ける。

しかし、僕にとって大事なのは定義ではなく、具体的な行動指針である。そこで、このように考えた。

「教養人と呼ばれる人ならば、最低限これは知っているはずだ」という知識を思い浮かべる。そうすれば、具体的に取り組むべきテーマや科目が見えてくる。

候補に上がってきた課題のうち、今の自分に不足している部分を補うところから勉強を始めればいい。

 

世界史から始める

教養人ならば、自らが生まれ、生きているこの世界について、自らの方法で理解し、自らの言葉で意見を語れる、と思う。

そのような理解・言語化ができるようになるためには、まず、過去に起きた出来事、すなわち「歴史」を知っている必要がある、と僕は考えた。というのも、これまでの経緯を無視して現在のことだけを語っても、その意見は説得力を持たないからだ。

 

世界史を最初の科目として選んだのには、もう1つ理由がある。

大学受験時代に使っていた世界史の参考書の言葉が頭にあったからだ。

荒巻の新世界史の見取り図 上 (東進ブックス 名人の授業)

荒巻の新世界史の見取り図 上 (東進ブックス 名人の授業)

 

 

一度は捨ててしまったが、今回、世界史を再学習をするにあたり、買い直した。

こう書いてある。

世界史という科目はエリートになるための科目です。(中略)どんな職業に就いても、どんな社会的な地位におかれていても、自分と自分を取り巻く社会、その社会と結びつく国家、その国家群からなる国際政治、様々な主体からなる世界、これらを考えていきたいという姿勢を絶えず持ち続ける人を、ぼくはエリートと考えています。

(荒巻豊志『荒巻の新世界史の見取り図 上』東進ブックス、P.7)

 

 

もしかすると、僕は、ただ単にエリートぶりたいだけなのかもしれない。「自分は、世界全体のことを考えているんだ」「だから、周りの連中とは違うんだ」と思いたいだけなのかも。

自分の中にそのような欲望があることは、否定しない。そのような一面は、確かにある。

それでも、この社会や世界について、正確な知識に基づいて考え、意見を発信をすることのできる人間は一定数必要だろうし、できることなら僕はその1人でありたいと願っている。

 

ためらいを超えて

理想主義的な目標をぶち上げる一方、心のどこかでは、全く別のことも考えている。

「世界全体」のような類の、身に余る壮大なことには一切関与せず、自分の手が届く範囲だけで好きなことだけ考えて暮らしたい。イメージするのは竹林の七賢、清談の世界だ。

あるいは、世界について学ぶ気になったとしても、すぐに心が折れそうになる。獲得すべき知識の量が、あまりにも多いからだ。その壁の高さ、厚さを目の当たりにすると、絶望しそうになる。

 

こんな気持ちを抱くことがあっても……それでも僕は、世界について考え続けたい、と思う。

なぜなら、世界を理解したいという気持ちは、外にいる誰かからの要請ではなく、自分の内側から起こってくる願いだから。

世を儚んで竹林に逃げ込んでも、自分の内側にあるものからは逃げられない。「願い」は、絶えず心の中で囁き続ける。その声に対しては、耳をふさぐことさえできない。

ならば、立ち向かった方がいい。無謀と思える挑戦であっても。

 

再度、スタート地点へ

冒頭で引用したヘッセの言葉は、この本に収録されている。

文庫 ヘッセの読書術 (草思社文庫)

文庫 ヘッセの読書術 (草思社文庫)

  • 作者: ヘルマンヘッセ,フォルカーミヒェルス,Hermann Hesse,Volker Michels,岡田朝雄
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2013/10/02
  • メディア: 文庫
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「作家ヘルマン・ヘッセによる読書に関するエッセイ集である。「読書法」に関する本を読み漁っている時期に出会った。ちなみに、当時の僕はヘッセの小説を1冊も読んでおらず、タイトルをいくつか知っている程度だったが。

速読・多読を戒め、たくさん読むよりむしろ一冊の本をじっくり読み、著者と友達になろうと説く本書の論調は、巷で大流行の「速読・多読」路線とは一線を画している。

 

ちなみに、この本が想定する「読書」の対象は、主に「文学」である。やはり流行の「仕事のための読書」という観点では書かれていない。

しかし、本格的に「文学」に取り組んでみたい、と思う人は、ぜひこの『ヘッセの読書術』を読んでほしい。「難しそうな昔の文学作品も読んでみよう!」と思えて、モチベーションが上がる。実際、僕はこの本を読むことで、ギリシア古典の『イリアス』『オデュッセイア』に挑戦する意欲を持つことができた。

 

最後にもう一度、この「旅」の合言葉を確認しておこう。ヘッセの言葉だ。

「本当の教養は、それ自体価値のあるものである」

 

 

(180814Tu タイトル、構成及び文章表現を修正)