どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

【Civ5】古代地中海戦記・あとがき〜「歴史を書く」ということ〜

 

※「古代地中海戦記」シリーズは、画像引用の仕方に問題があったため、後半の記事を削除しました(H29.9.23)。

 

全6回に渡った「古代地中海戦記」は、これにて筆を置く事とする。

次回からは普通の(?)記事を書きます。

 

プレイレポートは初めての試みだったが、楽しく書くことができた。

少しだけ、この「戦記」について補足したい。 

 

 

人の数だけ歴史がある

僕は、自分にとっての「歴史」を書きたいと思っていた。

 

思うに、歴史とは、客観的な歴史がただ1つあるのではない。

人の数だけ歴史がある、と言ってもいい。

 

それは「人間一人ひとりに、その人が生きてきた歴史があるんだよ」という意味ではない。

過去の歴史を認識する仕方はそれぞれ違っていていい、という意味だ。

それは「歴史観」と読んでもいい。

同じ教室で、同じ先生から、同じように世界史を学んでも、生徒が頭の中で再構成する歴史観は、それぞれ別のものになっていい、と思う。

なぜなら、僕は「歴史というもの」を以下のように捉えているからだ。

 

「今ここにいる自分自身」にとって、過去の出来事が持つ意味を「自分自身の価値観」によって判断し、解釈していく。

そして、個々の解釈を繋ぎ合わせ、より大きなレベルでさらに解釈し直し、1つのストーリーとしてまとめ上げていく。

その結果生み出されるのが「歴史」だと、僕は思っている。

 

もちろん、好き勝手に考えていいわけでは無い。「いつ、どこで、何があった」という事実は、正確に覚える必要がある。また、「誰にとっても重要と思われる事実」というのも、一定数は存在する。これらを教えるのは、義務教育の役目だ。

しかし、その先、すなわち「事実」をつなぎ合わせて1つのまとまりを持った「歴史」としてストーリーにすることは、自分自身でやらなければならない、とも思っている。

 

価値観が歴史を作る

以上のような前提に立てば、歴史は、人それぞれ違っていて当然だ。

なぜなら、出来事の重要性を判断するための「価値観」が違うから。

 

学校の教室で教わる歴史は、その国に住む人の最大多数のための(あるいは統治者に都合のいい)歴史に過ぎない。

どれだけ精密に「過去の事実」を集めても、そのままではただの断片だ。それらをつなぎ合わせ、「自分の価値観」に照らし合わせて再構成しない限り、「その人自身の歴史」は生まれない。

 

僕は、自分が自分として信念を持って生きるために、自分にとっての歴史を書きたいと思っていた。 

しかし、 実際のところ「歴史を書く」という大事業を片手間で行えるわけがない。資料もないし、知識もない。労力をかけられるだけの時間もない。諦めていた。

 

歴史追体験ゲーム「Civilization」との出会い 

そんな時、Civilizationと出会い、魅了された。

もちろん、数々の悪評は目にしていた。「廃人になるぞ、破滅するぞ」などなど。

だが、好奇心には抗えず、手を出した。

そして、「こんな面白いゲームがあるのか!」と感動した。

実際、廃人になりかけたかもしれない。今後もその危険はある。

それでも、僕はこのゲームをやめないと思う。

 

Civilizationは、いわば「世界史の展開を追体験できるゲーム」だ。

西洋世界で作られたゲームなので、その世界史は西洋的なバイアスが色濃く反映されているのだろうと思う。だが、それを差し引いても、非常に面白い。

 

ある時、気がついた。

このゲームのプレイレポートを書けば、擬似的ではあるが、「歴史を書く体験」ができるのではないか、と。

 

だから、実際にやってみた。思った通り、非常に楽しかった。

「歴史を書く」というロールプレイをすることができ、満足感でいっぱいだ。

 

もちろん、現実の歴史を書くのとは次元が違う。これはお遊びだ。Civの戦記を書いたところで、「自分の歴史」を書けたわけではなく、ましてや信念を持って生きられるようになったわけではない。

それでも、「歴史を書く」という事業が、少しだけ身近になったことは確かだ。

いつか、僕にも書けるようになるかもしれない。そんな風に思えた。

 

反省点

読者を置いてきぼりにしただろうな、ということ。

時々、妻にブログを読んでもらっていて、全体的に意味不明だそうだが、特にこの「戦記」シリーズは理解不能らしい。まあそうだよなぁ……。 

完全に自己満足の記事になってしまった。

 

ブログは、基本的に自己満足の世界だと思うけれども、できれば多くの人に僕の「歴史」を読んでもらい、楽しさを分かち合いたいと思っている。

読み手の目線を意識して書くことが、今後の「戦記」の課題になるのかな。

   

僕の「歴史」観を作った本

最後に、影響を受けた本を紹介しておく。

歴史とは何か (岩波新書)

歴史とは何か (岩波新書)

 

 

「歴史とは何か?」と直球で問いかけてくる本。

大学1年生の時の授業で読むこととなり、衝撃を受けた。

それまで、僕にとっての「歴史」とは「学校の授業の中」にあるものであり、「教科書に書かれた記述」であり、あるいは「試験科目」であり、ただそれだけだった。

 

その認識が変わった。

歴史は、単なる「客観的な事実の列挙」ではない。どの事実を重要と認め、「歴史」として採用するか。その選択を行うための価値観が違えば、全く異なる別の歴史像が生まれてくる。だからこそ、歴史は、時代の要請に応じて何度も書き直される必要がある。

「歴史とは現在と過去との絶え間ない対話である」という有名なフレーズが、僕の「歴史」観の基礎を形作ってくれた。

 

……レビューを書いてみたけど、正確に理解できているか不安になってきた。また読み直さないといけないな。

 

それでは、また次の世界で。

 

Sid Meier's Civilization(R) V (日本語版) [ダウンロード]

Sid Meier's Civilization(R) V (日本語版) [ダウンロード]

 

 

(180815W 文章表現を修正、追記)

 

1年後に読んでみて

なんというか、無邪気だ。そんな過去の自分を微笑ましく思う。

 

「歴史を自力で捉え直し、記述したい」という願いは、今も持ち続けているし、そのために本も読み続けている。進度は微々たるものであるが。

時間と能力の限界を常々認識している。出来上がるのは、稚拙な「歴史観」になる可能性が高い。だが、挑まないまま諦めたくはない。自分に課された限界の中で、できることをやってみたいと思っている。