どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

健康について学ぶための指針

 

デカルトは『方法序説』でこう書いている。

健康はまぎれもなくこの世で最上の善であり、ほかのあらゆる善の基礎である。というのは、精神でさえも体質と身体器官の状態とに多分に依存しているため、人間たちを共通に今までよりもいっそう賢明で有能にする何らかの手段を見いだすことが可能だとすれば、その手段は医学のなかにこそ求めるべきだとわたしは信じているからだ。

(デカルト『方法序説』岩波文庫, p.82-83)

方法序説 (岩波文庫)

方法序説 (岩波文庫)

 

 

しかしながら、現代医学の専門性の高さを思えば、独力で医学を修めることは不可能と言える。従って、健康のために個人ができることと言ったら、専門家のアドバイスをきちんと理解して実行する以外の方法は、基本的にはない。

とは言え、特定の立場からなされた主張をただ闇雲に信用する態度は危険である。一歩間違えると簡単にカルト化する。客観的なデータに基づいた主張をとりあえず受容しつつ、随時検証を加えていくのが現実的なやり方だろう。

 

検証なんて、できるのだろうか。

できる。部分的には。

医学の専門知識はなくとも、ある主張(たとえば「野菜ジュースを飲むのではなく、野菜そのものを食べた方が良い」というような主張)が、適切な根拠に基づいて、適切に導かれているかどうかは、確かめることができる。「前提」と「論理」を追えばいい。「レトリック」の類も点検する。*1

そして、世にある「健康本」の中で良心的なものは、読者が検証を行いやすいよう「参考文献」が記載されている。『究極の食事』はその1つだ。今のところ、検証無しにこの本の記述を信用することにしているが、その理由は「参考文献を明示していること」だ。

世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事

世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事

 

 

しかし、検証したい。具体的に何がしたいのかと言うと、この本に記載されている参考文献を、自分で読んでみたいと考えている。少しだけ「覗き見」してみたが、残念ながら今の僕が読めるものではなかった。

必要な知識は、さしあたり「統計学」と「英語」だと思われる。これらの学習を少しずつではあるが進めている。

 

ところで、先日記事にしたように、「統計に基づいた主張」を信じても、他ならぬこの自分自身が救われるかはわからない、という問題がある。

www.redphos.com

 

だが、統計を信じることは「現実的な選択」だと思っている。いずれにせよ、何かは信じなければならないからだ。それなら、僕は確率を信じる。たとえ一度きりの選択であっても。

いずれ、個々人のDNAデータに基づいた「オーダーメイド診療」が一般化していくだろう。だが、実用化はすぐではないだろうし、そもそもオーダーメイドが本当に適切なのかどうか、保証が得られるかどうかもわからない。

当面は、「統計的に優位な健康法」を拠り所としていくべきだろう。

 

*1:

「今日われわれは、全世界を挙げての大々的な情報化社会に突入しつつあります。そういう社会においては、情報を操作しつつ情報を発信しようとする人たちにとって、人心誘導法としてのレトリックはますますその有用性が増大していきます。(中略)受信者の側におかれる人々は提供された情報を批判的に受けとめなければなりません。そのためには発信者が用いているであろうレトリックをよく心得て、それに対処しなければなりません」浅野楢英『論証のレトリック (ちくま学芸文庫)』p.215