どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

読書観のパラダイムシフト

 

以前から気になっていた『読んでいない本について堂々と語る方法』を読んだ。

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)

読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫)

 

 

「気になっていた」というのは、好意的な意味ではない。「なんだ、このふざけた本は?」という嫌悪感だった。よく知りもしないことについて、堂々と語ることを推奨するなんて、とんでもない。

 

ある時、ほんの気まぐれで本書を手にとった。裏表紙の説明書きには、こんなことが書いてあった。

テクストの細部に引きずられて自分を見失うことなく、その書物の位置づけを大づかみに捉える力こそ、「教養」の正体なのだ。

なるほど、と思わされた。確かに、詳しく立ち入らないほうが、物事の本質が見えやすいこともある。「世界を把握する」という独学テーマの参考にもなりそうな気がした。……

 

挑発的なタイトルに反して、中身は大真面目な「読書論」であった。

注目して欲しいのは、タイトルの文言。単に「読む方法」ではなく「語る方法」である、という点だ。本書の主要なテーマは、読書単体ではない。あくまで「本についてのコミュニケーション」である。

著者は、人間の認識の仕組みを分析し、意思疎通の過程を解明しながら、読書にまつわる「幻想」「神話」を暴き出し、凝り固まった読書観をほぐしていく*1

 

読書について興味がある人なら、楽しく読めることは間違いない。本ブログの読者諸賢にはぜひ読んで欲しいと思う。

特にオススメしたいのは、以下のような人だ。

  • 「唯一無二の完璧な読書」があると信じている人。
  • 本は最初から最後まで一字一句読まなければ落ち着かない人。
  • 「量だけ求める薄っぺらい速読主義」を敬遠するあまり、反対に「完璧主義的な精読主義」に陥ってしまった人。(本書を読む前の僕だ)

 

著者の主な主張はこんな感じ。

  • 本を読んでいなくても、その本の「知の世界における位置づけ」さえ分かっていれば、語れる。
  • そもそも「読んだ」と「読んでいない」の境目は極めて曖昧である。
  • また、たとえ同じ本を読んでいたとしても、人によって理解の仕方は違う。
  • 本について客観的に語ろうとするのではなく、本の話題を通して自分自身の意見を語ろう。

ある本について何かを言わなくてはならない場合、読んでいようがいまいが「その本にまつわる一般的な知識」を参照して、何かを語ってもいい。『読んでいない本〜』は、そのような一種の「開き直り」を教えてくれる(もちろん、限度はあると思うけれども)。

例えば、マルクスの『資本論』は、かつての共産主義者たちのバイブル的な書物であり、革命運動の理論的根拠となった。このような世界史的知識があれば、難解な上にクソ長い『資本論』を一字一句読まずとも、多少は語ることができる。

 

読まずに語るとなれば、本の内容に反したことを言ってしまう場合もあるだろう。大丈夫、対処法も書いてある。こう言うだけだ、「すみません、別の本と間違えました」! この言い訳は強力だ。それ以上の追及を許さない。 

このように、『読んでいない本〜』は大真面目な読書論でありながら、極めて実用的な側面も持っている。このような二重性を高度に併せ持つ書物は稀有だ。それだけでも読む価値はある。

 

ところで、「読まずに語る」という態度に対しては、当然「きちんと読まずに何事かを語ろうなどとは不遜な!」という非難が投げかけられるわけだが、『読んでいない本〜』が主張するように、「完璧な読書」というものは原理的に存在しない。その上、読書に使える時間は有限であり、発言には適切なタイミングが存在する。待った無しの状況というものがあるのだ。

読書によって得た知識を活用し、この社会で何事かをなしたいと思うのならば、どこかで「完璧な読書」を諦め、時には一種の「知ったかぶり」さえしながら、語り、行動しなくてはならない。少なくとも、そうする覚悟を決める必要がある。その必要性に薄々気がついてはいたのだが、これまで踏ん切りがつかなかった。『読んでいない本〜』を経た今なら、きっとできる。

 

ともかく、僕は本書を読むことで、無意識に陥っていた「読書における完璧主義」を脱することができた。

僕と同じ悩みを抱える人ならば、必ず得るものがあると思う。広くお勧めしたい本である。

 

*1:余談だが、本書の主張は、最近気になって勉強した仏教思想の「唯識」と親和性があるように思われた。人間は、自分が認識した世界以外には生きられない。この点は、今読んでいるユクスキュル『生物から見た世界』論に通じるものもありそう。それから、カー『歴史とは何か』も近いといえば近い……。とりあえず気づいたことをメモ的に残しておく。