どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

『論語』の素読から中国語入門へ

 

独学の準備運動として、毎朝、20分程度の「素読」を行っている。

まあ、効果があるのかないのか、役に立つのかどうかもよくわからないけれど、朝からハキハキと声を出すのは気分がいいし、目も覚めてくるので、飽きずに実行している。

読む素材は時期によって違う。『古事記』の時もあれば、『教行信証』の時もあるし、『文語訳聖書』を使っていた頃もある。基本的には1ヶ月をめどに素材を変えている。「飽き」防止のためだ。

 

ところで、素読と言えば、王道は『論語』である。

漢文の素読は、「読み下し」のが一般的だ。「学而時習之」は「子曰く、学びて時に之を習う」と読む。僕は、読み下しでも読むけれども、『素読のすすめ』で紹介されていた「音読み」も併用している。

素読のすすめ (ちくま学芸文庫)

素読のすすめ (ちくま学芸文庫)

 

 

「音読み」とは、「学而時習之」をそのままの順序で「ガク・ジ・ジ・シュウ・シ」と読むやり方である。やってみるとわかるが、素読に「リズム感」が生まれてくる。これが楽しい。ふと『論語』の一節を口ずさむ時も、自然と「音読み」が出てくるようになった。

 

 

ある時、こんなことを思った。

「音読みで素読をやるくらいなら、いっそ、中国語の発音で読んだほうが、中国語の勉強にもなって一石二鳥じゃないか?」

悪くないアイデアに感じられた。

まあ、国際的には米中経済戦争が本格化していて、アメリカの同盟国である日本も今後中国との仲はさらに険悪になっていくんだろうなぁと思うが、地殻変動でも起こらない限り、いつの世も中国が最も身近な大国であることに変わりはない。その大国の第一言語を学んでおいても損はないだろう。それに、中華料理は好きだし。

 

ということで、以下の本を購入した。

中国語はおもしろい (講談社現代新書)

中国語はおもしろい (講談社現代新書)

 

 

この本を読んで、語学習得において最も重要な「モチベーション」を高めた。同書には「最初はとにかく発音」とあったので、さらに以下の2冊を購入した。

改訂新版 紹文周の中国語発音完全マスター

改訂新版 紹文周の中国語発音完全マスター

 
CD付 日本人の論語 中国人の論語

CD付 日本人の論語 中国人の論語

 

 

具体的な勉強法はこうだ。

まず『紹文周の中国語発音完全マスター』で、中国語の発音の仕方を、「知識」として一通り学んだ。この過程に大して時間はかからない。以前『英語耳』で英語の発音を勉強していた経験が活きた。 

続いて、『完全マスター』を使って発音練習に取り組む。発音の「知識」を「技能」に変換する過程だ。これは少なくとも数ヶ月、集中的に継続する必要がある。

並行して、『日本人の論語 中国人の論語』の付録CDを使って、聴音練習に取り組む。たとえば「学而時習之」は、「シュエ・アル〜」のように読まれる。中国語の表記形式であるピンインでは「Xue er」と書く。先述の『中国語はおもしろい』によれば、何はともあれ「ピンインの習得が第一、漢字は後回し」らしいので、ひたすら『論語』を聴き取っては、それをピンインで書き起こしていく練習をする。最初はデタラメな聴き取りしかできなかったが、だんだん、初めて聴く部分でも一発で正解できるようになってくる。

聴き取りを間違えた部分は記録しておく。すると、混同しやすいパターンがあるのが見えてくる。この点に注意しながら、『完全マスター』の発音練習に戻る。

以下、この繰り返し。

文法や単語は完全に後回しにする。まあ、『日本人の論語〜』を完全に聞き取れるようになってからでもいいだろう。

 

中国語を学ぶメリットの1つを書いておく。

中国人観光客たちのおしゃべりが、さほど気にならなくなったのである。

以前は「うるさい」以外の感想を持つことはなかったのだが、今では、聞こえてきた音を自動的に頭の中でピンインに変換しようとしている。うるさいどころか、活きた教材である。ありがたい。

そういえば以前、妻とこんな話をした。「中国人のおしゃべりはうるさいけれど、欧米人のおしゃべりは耳障りと感じないね」と。思うに、この違いはただ単に「慣れ」の問題だった可能性が高い。英語の音は、幼少期から身近な音として日常の中に存在した。一方、中国語の音はほとんど知らずに育った。だから、うるさかった。初歩的な学習を経た今では、その音に慣れたので、うるさいと感じなくなったのだろう。