どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

結局、なぜ僕は本を読むのか

一口に「読書」と言っても、その目的によって、様々な類型がある。

敢えて大別するならば、以下の2パターンだろう。

  1. 読書自体や知識の獲得を「娯楽」として楽しむ読書
  2. 「生存」に資する情報を収集する読書

*1 

僕の場合、

「世界を把握したい」という動機で行う読書は「娯楽」に該当する。

「仕事に活かしたい」という動機で行う読書は「生存」に該当する。

 

「娯楽」と「生存」という区別は、しかし、二分法的に捉えてはならない。

娯楽のために読んでいた本が、生存に役立つこともある。

反対に、生存のために読んでいた本の中に、思わぬ面白さを発見することもある。

 

まあ、「娯楽」の方も、広義に捉えれば「生存」のうちに入るのだろう。楽しみのない人生は、生きるに値しないかもしれない。あるいは、読書の娯楽によって、日常の辛さを忘れることができ、明日を生きる活力を得られるならば、それは生存につながっている。

 

 

「娯楽」の読書は、山村修『遅読のすすめ』のスタイルで読みたい。

「生存」の読書は、佐藤優『読書の技法』のスタイルで。

それぞれの読み方について、書の中に師を持ちつつ、両者を混同して苦しむようなことをせず、楽しんで読書を続けていきたいと思う。

 

 

と、ここまで書いて思ったのだが、結局、三木清と同じようなことを述べたに過ぎないのであった。

 

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三木が(おそらく)述べていなかったこととしては、「読み方の区別を二分法的に捉えてはならない」という点だろうか。あんまり完璧主義的にやり過ぎないことが、最終的に遠くまで行くコツなんだろうと思っている。

 

*1:あるいは「読書の方法について考えるための読書」という、言うなれば「メタ読書」とでも呼べるような読み方も想定できるだろうが、それはひとまず置いておく。