どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

目的を持たずに技能を習得するのは無意味か?

 

非効率ではあるが無意味ではない、と考えている。

ユクスキュルが『生物から見た世界』で提示した「環世界論」に照らし、上の主張を擁護しようと思う。

 

生物は、単一の客観的な「環境」に生きているのではない。そのような客観的な環境と想定されるところのものは、結局「人間から見た世界」に過ぎない。

実際には、生物はそれぞれ異なった世界、主観的・個別的な世界の中に生きている。このような世界をユクスキュルは「環世界」と呼ぶ。

 

環世界の違いはどこから生じるのか。

一つの要因は「行動可能性」である。

 

具体例を挙げよう。

初めて「はしご」というものを見た人は、それが一体何なのか分からない。

誰かに「それは、足を掛けて、上に登るためのものだ」と教えられれば、彼は「はしごというもの」の概念を獲得する。以後、別のはしごを見ても「これははしごだ」と分かるようになる。

重要なことだが、はしごの概念を獲得すると同時に、その人は、「はしごのように機能するもの」を自分の世界の中で見つけられるようになる。

「はしごそのもの」の形をしていなくても、「足を掛けて、上に登る」という動作を行えるような物体を、己の環世界の内部において発見できるようになる。

これは、彼が「足を掛けて、上に登る」という行動可能性を獲得したからだ。

 

生物は、自分が取りうる行動に照らして、世界を主観的に解釈して生きている。その解釈の結果が、それぞれの環世界として現象する。

だから、行動可能性が増えれば、あるいは、新たな技能を習得すれば、異なる解釈の環世界が生まれる。

 

技能を学ぶことは、己の環世界を広げること。

特段の目的を持たない技能先行の学びは、確かに非効率ではある、経済的合理性を考えるならば。

しかし、「世界を違った観点で眺めたい」という目的のためなら、十分に意味はある。

だから僕は、自分の人生で役に立つかどうかも分からない機械学習のプログラミングを学んでいる。自分の行動に意味を与える思想的根拠を明確にしたくて、この文章を書いた。

 

 

まあ、一言でまとめると、

「新しいことを知ると、世界が違って見えて面白いよ」というだけのことである。

 

 

生物から見た世界 (岩波文庫)

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