どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

Twitterとテレビをやめたら時間にも心にも余裕ができた

 

われわれの享ける生が短いのではなく、われわれ自身が生を短くするのであり、われわれは生に欠乏しているのではなく、生を蕩尽する、それが真相なのだ。

(セネカ『生の短さについて』)

 

先日、Twitterをやめた。予想していたことだが、一気に無駄な時間が減った。

それだけではなく、精神的な余裕も持てるようになった。Twitter上に流れる色々な情報を見ることは、面白いし、時に役立つこともあるのだが、僕の場合はそれ以上に「精神疲労」の原因になっていたらしい。気づかぬうちに、余計な負担を抱えていたようだ。

 

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情報が瞬間的に流れ去っていくTwitterというメディアでは、自分の元へやってくる情報は大抵「センセーショナル」な書かれ方をしている。そうでない情報はそもそも人目につかず、したがって拡散もされず、僕のところまで来ないのである。そのようなセンセーショナルな情報を見聞きすると、僕は感情を大きく動かされてしまう。そして、感情が大きく動くと、ものすごく疲れるのである。

情報源を減らしたことによるデメリットがあるのも確かだが、少なくとも現状では、感情が動きにくくなったことによるメリットの方が大きい。

 

Twitter情報を捨てる代わりに、「日経電子版」を契約して、昔ながらの「朝は新聞」というスタイルを取ることにした。新聞購読専用のタブレット端末も購入した。パソコンやiPadで新聞を読むと、結局、他のことをしてしまうからである。

新聞以外のニュース情報は、基本的に避けるようにしている。特にテレビはTwitterと同じくセンセーショナルなので、特に気をつけて回避する。例外として、録画したニュース番組(ワールドニュースなど)は見ている。それから、「時事通信」のサイトや、「Foresight」というニュース情報サイトの無料記事を眺めることもある。だが、これらはあくまでサブという位置付け。

ニュース以外の情報は、日々の観察と、書籍(立ち読み含む)と、メールマガジンと、地方公共団体などが発信する広報誌と、仕事や友人との付き合いの過程で自然と見聞きする噂話などから得る。これで、僕の「暮らし」に必要な情報は揃うようだ、少なくとも今のところは。これ以上の情報を得ようとすると、前述の通り、精神疲労によるデメリットが増大する。

 

しばらくはこのスタイルで行こうと思う。