どくどく記 〜読書と独学の記録〜

読んだ本の記録と、考えた事のアウトプット。

どくどく日誌(3月29日)

 

朝。子供が早起きしたので遊ぶ。そのあと、『平家物語』の素読を少しだけ進める。「全か、無か」ではなく、「少しだけでも続ける」という姿勢は長期継続のコツと思う。

日経をざっと流し読みしていると、新興国通貨安の記事に目が止まった。まだよく理解できない。エルドアン大統領は、なぜ「統一地方選の前にリラ安を阻止したい」のだろうか。「翌日物スワップ取引金利が年1200%」とはどういう取引なのか。「経常赤字国に外資の流入が必要」というのはどういうロジックなのか。……それでも、以前より進歩している感じはある。来週も引き続き「金融史」の勉強に取り組もうか?

 

電車内。語学アプリを進める。少しずつ覚え始めているのがわかる。駅でハングル表記を見れば、全てではないものの一部は音に変換できるようになった。また、道で耳にする中国語音は徐々に「馴染みのある音」に変わりつつある。アルジャジーラのテロップ内に知っている単語を探そうと試みる気になるし、実際に簡単な単語(助詞など)は発見できる。楽しい。分からないことが分かるようになる、つまり、自分の世界に「秩序」が増えていくのは、どんなことであれ楽しい。

自分は言語学習が好きなのだろうか。気づかなかったが、実はそうだったのかもしれない。世界中で多くの人が話す国際語や、アジア近隣諸国の言語については、基本的なことだけでも知っておきたい気持ちがある。とは言え、欲は出さずあくまでも「お遊び」のつもりで取り組もう。いつかどこかで役に立つとしても、それを目的にはしない、少なくとも今は。

 

通勤中。本屋に立ち寄り以下の本をチェック。

  • 生きものとは何か、A1
  • 知っておきたい腹痛の正体、B1
  • 子どもを守るために知っておきたいこと、C1:育児や教育にはびこるカルトへの警鐘を鳴らす本。社会的に見て非常に有用な本だと思うが、僕はすでに存在を知っているものばかりだったので、今のところ手元に置くほどではない。
  • 詩学、B3
  • ハーバードの個性学入門、B2:平均回帰を目指す生き方に対する警鐘。

 

仕事中。詳しいことは省くが、コンピュータ科学をきちんと勉強する必要性を感じる出来事があった。本は揃えてあるので、まずは『痛快!コンピュータ学』から始めよう。

 

休憩中、ふとセネカの著作について思いをめぐらす。ストア派哲学は「善く死ぬ」ことに重点を置いており、この点で武士道的理想と一致する。善く生きんとするのは、善く死ぬためである。死に際の美学は『平家物語』にも通底するテーマだろう。

 

やるべき仕事がなくなったので早めに帰らせてもらい、大型書店へ。『1日1課のアラビア語』を購入した。アラビア語を真剣に身につけるための本である。そういうつもりが自分にあるのだろう。ならば、その心の動きにしばらく従ってみよう。理想を言えば、日本語、英語、中国語、アラビア語の4ヶ国語話者になりたいと思っている。高望みなのはわかっているが、まあ理想を語るくらい良いだろう。他に以下の本をチェック。

  • 外国語習得に成功する学習プロセス、C2
  • アラビア文字練習プリント、A2
  • シーア派、A2
  • 中東イスラーム民族史、A2
  • イスラームの歴史、A2
  • 社会学用語図鑑、B2:社会学の主要概念がイラスト化されており分かりやすい。学問の全体像を知っておきたい人に向く本だと思う。『社会学史』と合わせて読みたい。

 

電車内。『狼と香辛料』を読み、「為替取引」の仕組みについて解説されているページで考え込む。為替取引は貨幣取引を、なんと言うのか、「抽象化」しているような印象がある。貨幣取引はと言えば、これもやはり物々交換を抽象化したものだろう。為替取引のややこしさは、具体的な次元における取引が二重に抽象化されている点にあるのではないか……まあ単なる印象に過ぎないけれども。さらに言えば、一周回って物々交換に回帰しているような印象もある。まあ、しばらく頭を悩ませる必要がありそうだ。

 

帰宅中。いつもの本屋に立ち寄り、以下の本をチェック。

  • 西洋美術史、B2:まあ身につけておきたい知識ではあるが、前提として世界史が優先。

 

帰宅後。妻が熱を出していた。僕は子供と二人で外出し、その間に妻には少し眠ってもらうことにした。行き先は上記の書店である。20分ぶりの再訪。以下の本をチェックした。

  • 限界集落株式会社、C2
  • 相対性理論を楽しむ本、B2:確か中学生の時に読んだ気がする。今ならもう少し理解できるだろうか?
  • 日本の伝統 発酵の科学、C2
  • 重力波で見える宇宙のはじまり、A2
  • 経済は世界史から学べ!、C1
  • Newton 2019年5月号 無とは何か、A2

書店員さんに顔を覚えていただいていたらしく、「お子さんがいらしたんですね」と声をかけられた。行きつけの書店ができるのは嬉しいものだ。

 

本屋遊びは適当に切り上げ、再度帰宅。子供をあやしつつ、合間に『部長、その恋愛はセクハラです!』を読む。来月に異動がある。実は、今まで所属していた部署には女性がいなかった。今回の異動によって、初めて女性と同じ部署で協働することになる。セクハラというのは、知らぬ間にやってしまっているものらしい。下手を打って余計なストレスを抱える前に、予防接種として本書を読んでおく。それにしても、女性の遠回しな拒否行動を自分の良いように解釈する男の哀しさよ。

 

「秩序がある」というのは「意味がある」ということだ。ここで言う「意味」が何を意味するのかと問うことはしない。不毛だからだ。「意味のなさ」に耐え続けるのは辛すぎる。ニヒリズムに陥らず、誤魔化すこともせず、意味を掴み取ることができるだろうか。「意味があるならば、目的がある」この命題は正しいだろうか。その逆は?